



インモラル 、ビザール、そしてイノセント
―映画史から忘れ去られた伝説のアメリカ人女優、ミムジー・ファーマー。
男を狂わせる危険な魅力に溢れた代表作2 本、半世紀ぶりに再公開!
今から50年前、カウンター・カルチャー全盛の時代。ヨーロッパ映画界で一瞬の光彩を放って消え去った一人のアメリカ人女優がいた。今や知る者もわずかとなり、映画史から忘れ去られようとしているその女優の名は、ミムジー・ファーマーという。
清純派としてハリウッド デビュー
ミムジー・ファーマーは1945 年2 月28 日、イリノイ州シカゴ出身。ハリウッドに育ち、高校在学中の16才の時にスカウトされ、数々のTV ドラマにゲスト出演。ヘンリー・フォンダ主演『スペンサーの山』(63)で本格的なスクリーン・デビューを飾り、清純派スターとして売り出した。その後、『帰郷』(65)、『暴走52マイル』(66)、『サンセット通りの暴動』(67/未)、ロジャー・コーマン製作『デビルズ・エンジェル』(67/未)などの低予算作品に出演したが、一時ハリウッドを離れ、カナダのバンクーバーでLSD を使ったアルコール中毒治療を行う病院で看護師を務めた。
ヨーロッパで『MORE/モア』に主演
半年後、再びコーマン製作『THE WILD RACERS』(68/未)で女優業に復帰。ヨーロッパ各国でロケされた同作を撮影し、後に名カメラマンと讃えられるネストール・アル メンドロスの知己を得て、ミムジーは、アルメンドロスが撮影を担当、「カイエ・デュ・シネマ」編集者を経てプロデューサーをしていたバーベット・シュローダーが初監督した西ドイツ、フランス、ルクセンブルグ合作による低予算の青春映画『MORE/モア』(69)に主演する。1969年カンヌ映画祭の国際批評家週間でプレミア上映された『MORE/モア』は、主演女優ミムジー・ファーマーの名とともに各国のジャーナリストたちの間でセンセーションを巻き起こした。8月にはニューヨーク、10月にはパリで公開されて大ヒット。日本では翌1970年4月、大阪万博で開催された「日本国際映画祭」において、フェリー二の『サテリコン』(69)、トリュフォーの『野生の少年』(69)などとともにプレミア上映された後、1971年2月に一般公開された。キネマ旬報ベストテンでは34位で、一部批評家から高く評価された。
『渚の果てにこの愛を』に主演
『渚の果てにこの愛を』(70)は、『MORE/モア』の大成功により、ヨーロッパで一躍時の人となったミムジーの人気を当て込んで作られた、フランスとイタリア合作による異形のミステリー。監督は、60 年代にミレーユ・ダルクとの数々のコンビ作で知られたフランス娯楽映画の職人、ジョルジュ・ロートネル。日本では『MORE/モア』公開から4か月後の1971年6月に公開された。80年代にレンタルビデオ化されて以来数十年、世界的に観る機会が失われていた幻の作品だったが、昨年2020年、ようやくフランスでブルーレイとDVD が発売された。フランス公開時は興行的に失敗し、以降、知る人ぞ知る作品になったが、遥か後年、クエンティン・タランティーノ監督が『キル・ビル Vol.2』(04)の予告篇と本篇の中でこの作品の楽曲を使用したことで、ファンの注目を集めることになった。


ヨーロッパに移住、そして引退
ヨーロッパの土地と文化を愛したミムジーは、70 年代から80 年代末までの約20 年間、イタリアを拠点に活動を続け、日本では『栄光への戦い』(70)、ダリオ・アルジェント監督『4匹の蝿』(71)、アラン・ドロン共演『暗黒街のふたり』(73)、タヴィアーニ兄弟監督『アロンサンファン/気高い兄弟』、『危険旅行』(74)、『炎のいけにえ』(75)、『ポケットの愛』『バイバイ・モンキー/コーネリアスの夢』(78)、『コンコルド』(79)、『トリエステから来た女』(82)が公開され、『ベレッタの女/最後の誘惑』(87)が最後の日本公開作となった。その他、日本未公開のホラーやB級アクション、文芸ドラマ、アート系作品にも数多く出演したが、1991 年に俳優業を引退した。
ハリウッド大作の裏方、そしてアーティストに
表舞台から去り、フランスに移り住んだミムジーは、1989 年に再婚した3番目の夫とともにスカルプター(造形担当)として『チャーリーとチョコレート工場』(05)、『マリー・アントワネット』(06)、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(07)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(11)、『タイタンの逆襲』(12)、『ガーディアン・オブ・ザ・ギャラクシー』(14)、『美女と野獣』(17)など、数々のハリウッド大作に参加。美術スタッフの一員として、その名は各作品のエンド・クレジットに記されている。ミムジー・ファーマーは、すでに映画女優として半ば忘れ去られた存在だが、私生活においては画家、彫刻家として第二の人生を歩み続けている。 『MORE/モア』と『渚の果てにこの愛を』の日本公開から今年2021 年で50年。ミムジーが両作品で演じた“海と太陽に愛された死の天使”ともいうべき役柄は、いわゆる“ファム・ファタール”の妖艶さ、邪悪さとは似て非なる。まばゆい笑顔と伸びやかな肢体、しかし、愛する男と自らをも否応なく破滅へと誘ってしまう女性像―今回の再公開は、忘れ去られた女優ミムジー・ファーマー唯一無二の危険な魅力と美しさを、すでに彼女を知る者だけでなく、初めて知る者の心にも刻み付けるに違いない。